『第三世界の長井』 あらすじを再構築する実験
あらすじ
『第三世界の長井』の物語が難解に見えるとすれば、それは断片的な情報が時系列順を無視して小出しに、多くの場合主観的な会話や独白の中で語られるからだろう。
つまり、それら小出しの情報を客観的に解釈し、文脈順にソートするだけで「読みくだし」は容易となるはずだ。下記はそうして書いた『第三世界の長井』概要である。
もちろん登場人物の発言がすべて正しく事実であると考える理由はなく、まして私の解釈が正しい保証もない。当然ながらこの「あらすじ」は物語が進み結末に至るまでは信用のおけない一説にすぎない。しかしベースとなった情報は現時点で「作者の出したカード」であり、場に出された札から手札の中身を推測することは(少なくとも物語の過程においては)むしろ読み手としてまっとうな態度だと考える。
まず、神々がいる。
I・Oと呼ばれる帽子の少年はこの世界で神のごとき存在である[2-32]。彼は人類に認識できないものを見、世界を「現実の外」から変える力を持つ[3-105]。
もう1人の重要人物が、音那である。音那はI・Oに(まだ明かされていない理由で)忌み嫌われているが[1-9]、彼に近い能力をもち神と称される[3-166]。
(まだ劇中で描写されていないが)物語の開始より前、何らかの事件でI・Oは能力の制御に失敗し[2-97]音那への重大な不信を持つに至った。彼は「ショウ」という名を捨て[2-158]半年にわたり能力を忌避し[2-26]、その力を知る者とも距離を置いている[3-157]。
問題が起こる。世界は滅び始める[2-17]。
I・Oはそれでも良しとして[2-158]この危機に対策をとらず座して待とうとする[2-6]。
その一方で、音那はEアンカー[1-60](エクリチュール・アンカー[1-61])という手段を用いる。それは今ある現実の中に新しい「物語」を創り改変する──世界の「設定」を書き換える行為で[1-30]、箇条書きの「物語」の「設定」として記述される[1-60]。
たとえば「設定4 主人公は正義を愛し平和を慈しむ選ばれた勇者」
[1-61]であり「設定19 主人公は博士の命令でたった一人で世界を守らされる」
[1-61]。この「主人公」により世界は破滅を逃れられるのかもしれない。
しかし、この試みは失敗した。音那はアンカーの力を制御しきれず[1-61]、必要なアンカーを打つ以上に誤ったアンカーを大量に打ってしまう。それらは他人の無関係な意識を取り込んだでたらめな内容だった[2-7]。
こうして長井が登場し、物語はここから始まる。
アンカーによって「主人公」と定義された[1-15]長井は、失敗したアンカーによって異常な姿と言動をする。博士と呼ばれる人物も同様である。
これら異常はI・Oや音那以外の人間には気付かれない[2-108]。例えば長井の姿は明らかに異質な形態をしている(これは「設定12 主人公のビジュアル」の図が杜撰だったためだ[1-69])が、誰もが長井の姿を異常だとまったく認識できない[1-38]。それは「現実の外」からもたらされた変化であり、人々は現実の「内」だけしか認識できない[3-109]。こうして世界は誰も気付かないままに、狂った設定に書き換えられていく[2-63]。
会議とでも言うべきものがある。
I・Oの能力を認めている橋本・大村・横田ら[1-59]は、集って事態の収拾に努めようとする。
もっとも、彼らは権力や知識のある大物だが[2-139]ただの人間であり、アンカーが生む「物語」を異変として認識できない[2-108]。そこでI・Oに、客観的な調査をたのんでいる[1-58]。
彼らはアンカーの影響力が未知数であるがゆえに[1-91]、またI・Oが行動に消極的なために[1-64]、表立った行動に踏み切れずにいる。
あるいは音那の周囲には、より大人数の強固な集団が生まれている[2-67]。横田らも元はこの集団の一部であり、I・Oともども離反した形になっている[3-131]。その意図や経緯、そもそもの彼らの目的は謎のままである[3-156]。
物理法則は否定され続ける。
それは長井ひとりのレベルではもはやなく、「侵略宇宙人」が闊歩し(例えば劇中では麺が重力や硬度を無視する[2-50])I・Oらさえ巻き込み[2-30]制御を失っている[1-61]。人々はありえないものを見、それをありえるものとして認識する(例えば「私立悪魔特捜隊本部高等学校」の存在を当たり前のことのように[3-10])。
これらは長井らよりもっと根本的に、「世界」が情報を処理しきれなくなったという事かも知れない[3-158]。人類が増えすぎたことで、人間一人一人が与えあう影響の繋がりが爆発的に増加したため、それを結果として出力する「世界」にバグが生まれたのだろうか[3-159]。
今はまだ小さなスケールでしか起きていないそれが、いずれ拡大し蔓延した時に世界は終わる。一切の物理法則が否定された世界は、生命や知性が耐えられる環境ではないからだ[2-51]。
物理的にありえないアンカーは、その異常性ゆえにアンカー本体が示す以上の予想外の影響を及ぼし始める[2-20]。
音那も泥縄式に状況を修正しようとして新たなアンカーを打つが、それが他のアンカーを生み出しかえって事態を悪化させていく[1-71]。
I・Oもまた世界に干渉してしまう。長井の周辺で起こる事件を抑えようと対処療法的に打ったアンカーが、結果別の地点に悪影響を及ぼしてしまう[3-8]。
新たに、うるると名乗る少女が現われる。
うるるは元々は長井に近しい、しかし無害で無関係な女子高生だった[1-36]。だが、世界の変動によって博士の娘、青い髪をした少女へと変更されている[2-18]。
うるるは長井を「物語」の「主人公」だと直感的に理解しており[2-121]、長井を世界の救世主、スーパースターにしようと画策する[2-86]。
うるるの理解には限界がある。彼女はそれらを神託[3-54]だと誤解しているし、I・Oの能力も知らなければ[2-123]、アンカーの存在と影響力にも無知である[2-131]。しかし自分がEアンカーにより創られる「物語」の登場人物だとは気付いており[2-153]、うるるは「物語」のストーリーを修正し長井を本物の英雄に仕立て、自分を偉大な存在に引き上げる野望を持っている[2-137]。
世界はでたらめに悪化するばかりで、まして(おそらくアンカーが打たれるまでただの常人だったであろう)長井らは自分達の存在を狂わされた被害者でしかない。音那の失策をI・Oは糾弾する。こうなる事は分かっていた、何もせず滅びにまかせる方がまだましだったと。[2-7]
もとより音那を憎んでいるI・Oは、音那の行動に最初から色眼鏡をかけながら、その暗躍には説明を求める[3-157]。音那はI・Oの行動に期待している[1-10]が同時に自分が頼むほど逆効果だと知り、一切をI・Oの自由意志に任せようとする[3-168]。行動理念が互いにすれ違う二人のやり取りは、感情的な口論ばかりを生む。
音那の意図は、古い世界を棄て新しい世界を創ることにあるのかも知れない[2-157]。それが何を指すのか、彼女が正しいのかはまだ明らかではない。
主な登場人物
ここでは読書のガイドとして、登場人物を列記しておく。
主人公と周辺
I ・O / (旧名)ショウ- 主人公。帽子を被った少年。超常的な能力をもつ。
- 橋本 / カンジ
- I・Oの協力者。眼鏡の少年。I・Oとは個人的に親しい。
- 大村
- I・Oの協力者。恰幅のいい男性。防衛省に関わる人物か。
- 横田
順矢 - I・Oの協力者。「じいちゃん」と呼ばれる白髪の初老男性。
音那と関係者
音那 - I・Oからは「
音那 」と呼ばれる少女。やはり超常的な能力をもつ。 - [音那のそばにいる女性]
- 音那の傍らに立つスーツ姿の女性。補佐役か。
- 森田
- 音那の協力者の一人。角刈りに眼鏡、鋭い目つきの男性。I・Oを恐れている。
- 塚堀
- 音那の協力者。未登場。脱退した横田の後継とされるが詳細不明。
長井と重要人物
- 長井
- 「物語」の「主人公」。スーパーヒーローとして侵略宇宙人との戦いを強制されている。
- 博士
- 侵略宇宙人と戦うドングリーズ長官を自称する人物。アニメ『科学忍者戦隊ガッチャマン』に登場する南部博士に似た姿をしている。
- ジャック・ダニエル
- 長井の父親。死亡しており、羽田空港で撮影された中年男性の写真として出現する。
- 伊藤純一
- 長井の生体部品(頭部の球)。近所のやくざ者の魂とされる。I・Oらに詳しく、長井の救済者を自称する。
- うるる / 田中
- アンカーにより生まれた博士の娘。頭にネジを持つ美少女。長井をスーパースターに仕立てる野望をもつ。世界を「物語」だと理解している。
- 吉田
- うるるの協力者。詳細不明。
侵略宇宙人
- 飛ビ跳ネサセ星人
- 第一の侵略宇宙人。仮装じみた姿をしている。消息不明。
- 爆破星人
- 第二の侵略宇宙人。仮装じみたより面白い姿をしている。長井に敗れ消滅した。
- クッ付カセル星人 / 鉄仮面
- 第三の侵略宇宙人。映画『マッドマックス2』の悪役ヒューマンガスに似た姿をしている。警察に追われ逃亡中。
- ラーメン星人 / ヴェーレ
- 第四の侵略宇宙人。厨二病の女子中学生。長井との戦闘で宇宙人としての意識は失った。
- 火山噴火星人
- 第五の侵略宇宙人。中沢啓治作品のような姿をもつ。I・Oにより消滅。
- 衝撃星人 / ボンバー
- 第六の侵略宇宙人。ミュータント状の頭部をもつ。消息不明。
- トメ子
- 衝撃星人の指導者とみられる人物。未登場。
- 復讐サレ星人
- 第七の侵略宇宙人。異常な言動をする目のうつろな女性。長井に敗北し死亡。
- ポール
- 博士の発言に登場する、長井の旧友。未登場。復讐サレ星人に殺されたという。
長井の回想の登場人物
- ビル(ウィリアム・P・リコレクト)
- 長井の回想に登場する、アメリカ時代の知人で兄貴分。ツナギを着た長身の男性。長井によれば借金で困窮している。
馬謖 - 長井の回想に登場する、泣いて斬られたとされる三国時代の武将。
- リチャード
- 長井の回想に登場する、ビルの兄。邪教団に封印されたとされる。
- [米国金融の社員]
- 長井の回想に登場する、ビルの借金の取り立て人。
長井の交友関係
- オタ丸
- 長井の友人。小太りの眼鏡の学生。口調は乱暴だが良識的な少年。未登場の問題児の兄でもある。
- 荒井 / 関羽
- 長井の友人。美男の学生。
- 張飛
- 長井の友人。やせ形の眼鏡の学生。長井の弟分で「兄者」と呼ぶ。頓狂な発言もし女子には嫌われているが常識人。
- [長井のクラスメート1]
- ショートカットの単純な少女。
- [長井のクラスメート2]
- 髪の長い少女。後のうるる。荒井(関羽)に思慕していた。
- [長井のクラスメート3]
- ショートカットで吊り目のやや長身の少女。冷静な発言が多い。
マッハエースと周囲
- マッハエース /
松葉英数 - 「銀河連ぽう」から派遣されたという自称ヒーロー。ストーカー気質の矮小な人物。
- すい星号
- マッハエースの乗機。知能をもちマッハエースを軽蔑している。
- ルリ子
- マッハエースの回想に登場する、マッハエースが懸想していた女性。
- ライバリッヒ
- マッハエースの回想に登場する、マッハエースが敵視していたエリート。
- 銀河連ぽう長官
- マッハエースの回想に登場する、マッハエースの上官。邪悪な姿をするが常識人。
- まさし
- マッハエースの回想に登場する、マッハエースの父。失踪中とされる。
謎の人物
- キャプテントーマス(?)
- I・Oの周囲を徘徊する『神聖モテモテ王国』登場人物。
- ファーザー(?)
- 『神聖モテモテ王国』登場人物。それらしき姿が描写されているが[3-表紙][3-167]詳細は不明。
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- 注記のない限り引用はすべて『第三世界の長井』(ながいけん著)より