『第三世界の長井』 Eアンカー (3)
掲載から発現まで、またはその逆
読者の視点に限定すれば、Eアンカーの内容が読者の目に触れる「掲載」時期と、それが効果を現した「発現」時期の二つのステータスを確認できる。
次の表では設定ごとに(あくまで読者にとって)掲載と発現、どちらが先なのかを纏めた。太字が「先に読者の目に入ったもの」である。
設定 | 掲載時期 | 順序 | 発現時期 |
---|---|---|---|
設定3 主人公は平凡な高校生(担当編集者くん) | 1巻P.61 | ← | 1巻P.37 |
設定4 主人公は正義を愛し平和を慈しむ選ばれた勇者(二号くん) | 1巻P.61 | ← | 1巻P.21および1巻P.24 |
設定6 主人公はクール(三号ちゃん) | 1巻P.68 | → | 1巻P.69 |
設定8 博士には娘がいる(匿名) | 2巻P.106 | ← | 2巻P.77 |
設定12 主人公のビジュアル [画像](堂島くん) | 1巻P.68 | ← | 1巻P.12 |
設定19 主人公は博士の命令でたった一人で世界を守らされる(匿名) | 1巻P.61 | ↔ | 1巻P.17および2巻P.87 |
設定23 主人公は博士と仲良し(一号くん) | 1巻P.61 | ← | 1巻P.16 |
設定25 博士は防衛組織「ドングリーズ」の長官(二号くん) | 1巻P.61 | ← | 1巻P.16および1巻P.20 |
設定28 主人公は西郷隆盛を敬愛している(担当編集者くん) | 1巻P.61 | → | 1巻P.108 |
設定32 主人公はアメリカ人でしたって事で(おてもとくん) | 1巻P.68 | ← | 1巻P.13 |
設定34 主人公の好きな歌は「サンタ・ルチア」(四号くん) | 1巻P.61 | → | 1巻P.70 |
設定37 博士はなんだか死にかけている(匿名希望) | 1巻P.62 | → | 1巻P.78 |
設定49 主人公はとにかく殺意を否定する(二号くん) | 1巻P.68 | ← | 1巻P.14 |
設定55 博士は頭にツノが生えてる(五号くん) | 1巻P.68 | ← | 1巻P.16および1巻P.18 |
設定59 主人公の趣味は世界のコイン集め(荒井智之くん) | 1巻P.62 | → | 1巻P.93 |
設定60 主人公の通り名は『音速の長井』(四号くん) | 1巻P.88 | → | 2巻P.44 |
設定70 博士の一人称は「わい」(I・Nくん) | 1巻P.68 | ← | 1巻P.19 |
設定75 主人公の武器は少し大きめの石 武器名「リトルラージストーン」(安井くん) | 1巻P.88 | ↔ | 1巻P.27および2巻P.130 |
設定77 主人公の父親はディオに間接的に殺害された(七号くん) | 1巻P.62 | → | 1巻P.70 |
設定82 主人公の趣味は珍しいケシゴム集め(アントンシクくん) | 1巻P.62 | → | 1巻P.69 |
設定88 博士ってたまに落雷しそうですね(匿名希望ちゃん) | 1巻P.68 | → | 1巻P.80 |
設定94 長井は関羽と張飛という義理の弟がいる(福井兀突骨あしびくん) | 1巻P.68 | → | 1巻P.73 |
設定98 長井が失敗すると「KOEI」と出る(ダ・ガマくん) | 1巻P.88 | → | 1巻P.127 |
設定103 主人公は死んだ父親に励まされる(担当編集者くん) | 1巻P.88 | → | 1巻P.142 |
設定112 主人公は物事を『昭和極道史』で例えてもらいたがる(早川くん) | 2巻P.31 | → | 2巻P.35 |
設定116 長井の父親はコンビニの豪華なデザートが好き(ワタナベちゃん) | 1巻P.124 | ← | 1巻P.119 |
設定117 主人公はスーパーヒーローに改造される(二号くん) | 1巻P.89 | → | 1巻P.101 |
設定133 主人公の腕には腕時計型通信機がある(ハヤタくん) | 1巻P.124 | ← | 1巻P.95 |
設定137 主人公の父親の名前は「ジャックダニエル」(日没キッドくん) | 1巻P.124 | → | 1巻P.143および2巻P.37 |
設定140 主人公は急にティッシュ箱の構造にムチャクチャ興味を持って我を忘れてその構造の解明に取り組む(解説付きで)(伊藤くん) | 1巻P.124 | → | 2巻P.5 |
設定142 主人公が好きな歌は「ロンリーチャップリン」(マサシくん) | 1巻P.124 | → | 2巻P.31 |
設定144 ラーメン星人、必殺技は「実写版デビルマン」(なすびくん) | 2巻P.66 | ← | 2巻P.49 |
設定150 ヒーローはバトル終了後にみんなにメッセージをする(担当編集者くん) | 2巻P.31および2巻P.106 | ← | 1巻P.119 |
設定151 主人公は立派な大人になりたい(匿名) | 2巻P.66 | ← | 2巻P.61 |
設定160 主人公は以前泣いて馬謖をメッタ斬りにした(二号くん) | 2巻P.66 | → | 2巻P.73 |
設定165 火山噴火星人、必殺技は「わしはゆたかな大地になる」(よしたけくん) | 2巻P.106 | ← | 2巻P.93 |
(表の「相互」とは、掲載時期の前後に発現結果が分かれて起きたケースである。たとえば「少し大きめの石」の出現[1-27]とそれが「リトルラージストーン」と呼ばれた[2-130]のは、設定75 主人公の武器は少し大きめの石 武器名「リトルラージストーン」
が公開された時期[1-88]のそれぞれ前後にあたる)
興味深い符合となったが、設定の公開と発現はほぼ正確に半分ずつに分かれている。作者は意図的にバランスをとっているのだろうか?
ただし物語開始からしばらくの間、Eアンカーの内容は(帽子の少年は読んでいる一方で)読者には伏せられていた。そこで、読者に初めてEアンカーの内容が開示された(=読者の視点と帽子の少年の視点がほぼ一致した)1巻59ページより後に限定して比率を調べ直すと、次のようになる。
この場合は、設定が掲載された後に劇中で実現するケースがはるかに多い。読者の視点=帽子の少年の視点として見るなら、「Eアンカーで見た通りになってしまった」と感じる場面が多いという事になり、少年が「敵を追い払うくさい分泌物」が必ずあるはずだと執着する[2-109]のも無理からぬところだろう。
いわゆる〈お題頂戴〉形式の作劇としては、ここに「後出しジャンケン」をしない作者のフェア・プレー精神をうかがう事もできるだろうか。もっともある程度長期的な構想があれば「設定の使い方を思い付いたのが先、設定を掲載したのが後、そのさらに後に考え通りに発現を描写」という順序もあるだろうから、その点ではあまり驚くべき事でもないのかもしれない。
三人称の分布
主語となるもの
Eアンカーの設定には「主人公は~」「博士の~」という形式で、主語となる三人称がある。
これらの出現頻度を数えると、当然というべきか主人公──長井を主語としたものが圧倒的に多い。
ほぼ同義である「主人公」「長井」「ヒーロー」「スーパーヒーロー」の4つを足すと、明らかになっている設定のうち72.2%の主語を占める。続いてその約三分の一(24.1%)が博士、最後にそれぞれ一点ずつ「ラーメン星人」「火山噴火星人」の設定がある。
ここでまた明らかなのは、判明している設定の全てが登場人物に関する設定だという事だ。
キャラクター設定だけが無数にあり、反面世界観になんら言及が無いこの状態は「物語」の「設定」としては非常にいびつに見える。「そもそもあいつ戦う理由特にないんだもん…ムチャクチャだよ…」
「しかし…主人公がまだなんにもしてないのになんでライバルがいるんだ?」
「考えたらマジでなんにもしてねえな、あいつ。 / なんなんだこれ。」
[1-90] こういった疑問はEアンカーの「物語」に世界観が欠如している事にも起因するだろう。「設定19 主人公は博士の命令でたった一人で世界を守らされる」
[1-61]というが、いったい主人公は何から世界を守るのか、Eアンカーには(とりあえず明らかになっている範囲では)記述がない。
むろん世の中を見渡せば、世界観への言及が無い物語は決して少なくない。ある程度リアルな物語であれば、読者の知る現実がそのまま世界観、背景描写となりえる(ごく一般的な恋愛小説やサスペンスなどを考えれば良い)。しかし『第三世界の長井』でのEアンカーは世界を救うための物語であり、そこに世界観への言及が無いのは不可解と言えるだろう。
考えられる理由としてはEアンカーそのものの限界/制限か、まだ明らかでない設定の中に伏せられているといった事だろうか。
もしEアンカーに「登場人物についてしか設定できない」という制限があるならば、Eアンカーで世界を変革しようとする音那の挑戦は表向きよりもさらに困難だと言えるだろう。
あるいはまだ読者の目に触れていない設定(「設定1」に始まり、「設定164」まで多数)にキャラクター以外の設定があるとすれば、それは説明としては自然だが、はたしてEアンカーによる異常を観測できる帽子の少年がそれらに全く気付かずにいられるものだろうか? もしそうした「世界観についての設定」が本当にあるとすれば、それは極めてささいな変化であるか、少年の関心や理解のはるかに外の事か、ごくごく少数の設定に限られるだろう。
言及数
次の図はEアンカー中に登場する人物を、主に呼び名に注目してピックアップしたものだ。
最初期に「主人公」が連続している事を除けば、極端な数の上昇はなく一様に平均的な頻度で出現しているのがわかる。そこでむしろ興味をひくのは、これらの三人称がそれぞれ初めて登場した時期である(「初めて」と言っても、あくまで読者に明らかにされている一部の設定に限った話だが。頻度についても同様であり、以下もこの点には注意されたい)。
「主人公」と「博士」が初期から登場しているのに対し、「長井」は設定39[2-66]になるまで登場しない。「ヒーロー」の登場はさらに遅く、設定145[1-124]を待たねばならない(「主人公はスーパーヒーローに改造される」
のは設定117[1-89]であり、数で言えば28の設定を通過してようやくの登場という事になる)。単純な表記の揺れにしては「長井」にせよ「ヒーロー」にせよ、出現頻度が「主人公」と比べひどく少ない事も見てとれる。
この点からは「主人公」「長井」「ヒーロー」は本当に同一人物なのか? という疑惑が生まれるかもしれない。しかしこれら三者へのEアンカーのどれもが読者の知る一人の「長井」というキャラクターに反映されている以上、この疑惑は意味をなさない。「実は劇中に登場している長井は、三人のそっくりな人物がたびたび入れ替わっている」という少なからず無理のあるトリックを除けば、疑問の余地なくEアンカーでの「主人公」「長井」「ヒーロー」三者は同一の人物を指している。
ではなぜこれほどに「長井」と「ヒーロー」の登場はこれほどに遅れているのか。「ヒーロー」が後の設定まで姿を見せないのは、まず第一に主人公=ヒーローとなる設定117「主人公はスーパーヒーローに改造される」
[1-89]を待たねばならなかったからでもあろうが、では「長井」についてもその理由はあてはまるだろうか。
前記の通り「主人公」と「長井」はイコールであり、それは本来Eアンカーの最初からそうであったはずである。長井ではない──「誰でもないもの」が主人公になるとは考え難いし、帽子の少年も「…あいつや博士だってたぶん元はもっと普通の奴だったんだろ?」
[2-7]と主人公のベースとなる人物の存在を認めている。
そこで考えられるのは「長井」という名前だけが後付けで設定されたという事だ。
もとより友人達はともかく、より親密な関係のはずの博士や、計算ずくで長井に媚を売るうるるが「長井」と苗字でしか呼ばないのは不自然な点である。ならば、読者の知るうち最初に「長井」の名が登場した設定39(「博士は長井にやる気を出させる為に毎晩長井を鞭打っている」
[2-66])より少し前のどこかに、「設定XX 主人公の名前は長井」というEアンカーが存在するのかもしれない。
これは言い換えれば、過去に「長井」と異なる名前の人物がいたという事でもある(仮に長井という苗字だったとしても、ファーストネームはあっただろう)。
今のところ『第三世界の長井』では作中時間より以前の出来事はほとんど描写されていないが、帽子の少年と音那の関係など、過去に重要な事件が起きている事は明らかだ。その事件の渦中に「長井」の前身となる人物が存在し、何らかの役割を果たしていた可能性も考えられるだろう。
この場合帽子の少年は現在、その人物(後の長井)のあまりの変貌に同一人物と気付いていない事になり、物語は一種の悲劇的色彩をおびるだろう。
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